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生みの親に会うべき?会わないべき?私が会わなかった話。

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はじめに

匿名性の高いインターネット

だからこそ普段あえてしない話を

ここでしてみたいなと思います。

私が24年間生きてきて、

人生で深く悩んだ問題の一つ

だったので記事にすることにしました。

ある日、私には

“本当のお父さん”が存在する」

ということを知りました。

そこで私は選択することに迫られます。

生みの親に会うべきか

会わないべきなのか

という問題です。

私の答えは会わないというものでした。

選択を迫られた当時、とても辛かったです。

悩みすぎて頭が回りませんでした。

相談もできず、吐き出す居場所もない。

もちろん友人はいますが

同じ境遇、悩みを抱える人は

周りにいませんでした。

身内の話をし、泣きついても

きっと私を受け止めてくれたと

思いますが、困らせたくありませんでした。

泣きついたところで、友人からしてみれば

“人生を左右してしまうような問題”であり、

アドバイスなんてきっと出来ないでしょう。

すがる場所が見当たらず、

行き詰まった様なあの当時の感情は

今でも強く印象に残っています。

インターネットでの「検索」を使い、

自分と似た境遇の人を

探し、どうしようかと

参考にしたことも覚えています。

時が経ち、余裕が生まれたからか

記事にしても良いなと思えました。

読んでいただけた方が

救われた気持ちになればとても嬉しいです。

特に似た様な境遇の人の

参考になればと思います。

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家族構成

5人家族です。

父 ( 育ての父 )

妹 ( 母 × 育ての父 )

生みの(父)親との別れはいつ?

おそらく0〜2歳の間の頃です。

今でも生みの親に関する記憶はある?

ほんのわずかですが、あります。

父親の職場でのぼんやりした記憶のみ。

顔は一切ありません。

推測ですが、何度か職場に

足を運んだのでしょう。

その場の近くを車で通ると

胸が高鳴る感覚があります。

(気分が高まるという意味ではありません。)

もうじき二十代半ばという年頃に

なっても記憶に残るものは存在しています。

新しい父親との生活

記憶では4、5歳の頃にスタート。

当初はちょこちょこと顔を合わせる程度

だったと思います。

他県への引越しと共に、

新しい父親含めた同棲が始まりました。

引越しと同じタイミングで同棲が始まった

からなのか、新しい父親が家族に加わった

ことに当時、疑問を感じませんでした。

今思い返しても、違和感すらなかったです。

両親が家族のためタイミングを伺っていた

からなのかもしれません。

真実を知ったタイミングは?

小学6年生のとき。

今の父親とは別に父親がいる

ということを初めて知りました。

私と弟、二人で一緒にいた時に

カミングアウトをされました。

真実を誰から聞いた?

母親の兄弟。

ある日、母親の兄弟が遊びに来て、

私と弟、3人でいる時に

ぽろっと話をこぼしたことがキッカケです。

母の兄弟曰く、

「〇〇達ももういい歳なんだし、

“別の父親“がいることをすでに

理解してるだろう」

と勘違いをしていました。

真実を知って親の元へ

事実を私達が知っていたことに対し驚く。

事の経緯を話し、母が激怒。

「打ち明けることは決めていたのに。

いまはタイミングが違うから黙っていたのに、

なんで貴方が私の息子たちに

勝手にそんな話をするの?」

と言っていたセリフを今でも覚えています。

真実を知った当時の私の心境は?

正直に話すとあまり驚かなかったです。

「あ、やっぱりそうだったんだ。」

と素直に納得し、受け入れる自分がいました。

なぜかと言うと、

自分でも不思議なのですが家族の中で

父親に対してシコリのような”違和感”

がずっとあったからです。

しっくり来ないというか

そんな感覚があったのです。

事実を知った後に

「そうだったのか」と

シコリがなくなった感覚を

うっすらとですが、覚えています。

年月が経ち、こじつけで話しているように

聞こえるかもしれませんが、

本能的な何かで違和感を感じていた

のかもしれません。

選択を問われた

私の場合、今までで二回チャンスがありました。

一回目 → 小学六年生。

真実を知ったタイミング。

二回目 → 20歳を迎え、成人の仲間入りして。

社会的に”大人”と認められたタイミング。

私は2回とも断りました。

私が生みの親との再開を断った理由

理由は4つあります。

・今の生活が幸せで満足しているから

・育ててくれた父親に申し訳ない

・お互いの家庭があるから

・目的がない

本当に一切会いたくないのか?

「一切会いたくない」と言えば

嘘になります。

一目見たいという気持ちはあります。

が、そんなに強い感情ではありません。

記事を書いていて

「一目見たいなあ」と思いましたが、

きっと二日後にはケロッとしていると思います。

歩いているところ、

今の家族と仲良さそうにしているところなど。

「”自分の父親“ってどんな人なんだろう」

という感覚です。

会話をしたり、交流を交えることは

やはりしたくないと考えています。

写真やリアルの世界で遠目から一目

見られればいまの私は、満足です。

親に対して恨みはあるのか?

母、生みの父親、育ての父親

に対して恨みは一切ないです。

不幸だったということがないので

恨みを感じたことはありません。

これから先どうしたい?

会いたくなれば会いにゆくと思います。

(私の家族、生みの父親の承諾があるので。)

向こうから頼まれた場合、

会うことはあると思いますが、

連絡先の交換、二度目の再開は

私の場合きっと無いと考えています。

“真実”を隠すことについて意見

自分が墓に入るその日まで

隠し通すことができる自信、

環境、縁が切れる覚悟などが揃って

いるのであれば、息子さん娘さんに

真実を隠してたっていいのでは

ないかと思います。

(きっと揃わないと思いますが。)

会いたいと思うあなたに

二つだけ言いたいことがあります。

心のどこかで何か期待していないか?

あなたが成長したとともに、

あなたの会いたいと思う人の中でも

時は同じように流れ成長し、

考えや価値観だって当然変化します。

良い思い出があったにせよ

なかったにせよ

経験上、相手に”期待をしない”というのは

とても大切なことのように思います。

あなたが傷つかないためにも

勝手な期待はしない方が良いでしょう。

目的って何?

「会いたい」というそれだけの思いは

十分な動機であり、会うに値する理由

だと思いますが、目的があると尚、

良いのではないかと思います。

「昔を懐かしむことができた。」

「連絡先を知り、いつでも連絡できる。」

それで何がしたいですか?

大切なのは過去ではなく

いまであります。

本能のままに突っ走ることも

良いですが、考えておくと

いいかもしれません。

おわり

今まで他に打ち明けたことのない

くらいかなり赤裸々に打ち明けました。

家族にパソコンを見られないか

かなりヒヤヒヤしながらの更新でした。

答えのない問題であり

こういう立場にある私ですが

どちらか片方の意見に肩を持つという

のは今でも難しくて、出来ません。

ただ私の話をするのであれば、

死ぬ前に後悔はしたくないので

会いたくなければ、会いに行きます。

お互いの都合、家庭のこともあるので

再開をするのであれば、

なるべくですが迷惑をかけずに

と考えております。

私とあなたでは環境も都合も事情も

大きく異なり、苦しんだり

辛い思いをしているかもしれませんが

この記事を読んで参考にしたり、

一歩でも前進してもらえると嬉しいです。

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それでは。